1つはPILの「MAID iN HEAVEN」。元々古い作品ですが、2005年にSuperSとしてリメイクされています。私はリメイク版をプレイしました。(リンクはオリジナル版のものです。古い方はDL版で現在も購入できますが、リメイク版はないようです。)
幼なじみのお兄ちゃんがメイドが好きだと言うので、メイドの修行をして転がり込んできました!という半分ギャグの、いわゆる押しかけ女房型ストーリーです。(ただしこの作品の「メイド」はコスプレ的なものなので、その点では私はあまり評価していません。)このゲームは、そのなぎさという女の子とひたすらエロ三昧するという非常にシンプルな内容です。
一応育成パラメーターがありますが、このゲームはエンドレスでいつまでもプレイできるため、それは気にする必要がありません。(一応結婚で区切りをつけるエンディングもあります。)同ブランドの別作品「女郎蜘蛛」と同じシナリオライター(丸谷秀人氏)とは思えないほど、明るく笑えるテキストです。この系統では、同じ作者の「SEXFRIEND」も私は好きです(こちらも現在は購入できない模様…残念)。
もう1つは、U-Me Softの「ももこちゃん for Me R」で、これも古い作品が2001年にリメイクされたものです。親の医院を任された新米開業医の主人公が、行き詰まりを感じていたところに偶然街で可愛い女の子に出会い、その子のおかげでやる気を取り戻した矢先、雇っているベテラン看護婦さんが倒れたことで新しい看護婦さんを手配してもらうことになり、その女の子が来るというあらましです。
※現在は男女の区別なく「看護師」という言葉が使われていますが、ここでは異性愛者男性向けゲームのキャラ属性を指しているので、あえて「看護婦」と書きます。
どちらの作品も一人しか攻略対象がいない分、内容のボリュームは大きく、遊びがいがあります。ただ、攻略対象が一人だけだと、そのキャラが好みでなくてはプレイヤーは楽しくないと思うので、その意味ではリスクが高いのでは、と考えます。(メーカー側にとってはコスト面の理由もあるのでしょうか?)幸い私個人は、この2作品のヒロインのような、明るくて世話好きでプロポーションも抜群な女の子は全然文句ないので堪能できました。
個人的にこれらの作品で好感を持てたのは、相手の女の子との関係が決して一方的なものとして表現されていない点です。MAID iN HEAVENでは「メイドと主人」という体で、いろいろいいようにされてしまうなぎさちゃんですが、実は初日から財布をしっかり握っていて、主人公にあげるお小遣いが毎日500円とか(笑)、ももこちゃんも普段から主人公を遠慮なくたしなめたりからかったりしていて、そういう女性のしたたかさやたくましさを嫌味なく描いているところが良いと思いました。(特にももこちゃんは同じ職場で働いているからなおさら、主人公が彼女の有能さや自主性をきちんと認めている対等な関係が感じられます。)いわゆる鬼畜系のゲームとの大きな違いと言えるでしょう。
難点としては、どちらの作品もシステム上Hシーンが単調になりがちなところでしょうか。バリエーションはそれなりにあるとはいえ、同じ相手と繰り返しやるのでどうしても限界がありますね。面白いと思ったのは、ももこちゃんのシステムで自分でうまくタイミングを合わせて操作しないと、同時にイケないという点。大抵の18禁ゲームではデフォルトで処理されているのに、妙にリアリティが感じられました。ただしこれもすぐ慣れるので、後半は面倒になってしまいますが。
あと、2つの作品の主人公像に共通していることとして、エロ大魔神な一方で、仕事ができてコミュ力が高く、なんだかんだ言っても相手に対して一途、というのがあります。MAID iN HEAVENでは浮気シーンは一切ないし、ももこちゃんでも浮気が成就することはありません。エロ大魔神でもなぎさちゃんやももこちゃんが主人公をずっと好きでいられたのは、そういうところからではないでしょうか。エロ自体は嫌われる理由ではなく、やはり相手を尊重できるかどうかが重要であることが学べます。
※ちなみにももこちゃん for Meには続編的な外伝がありますが、そちらでは浮気が成就してしまうので、必然的に彼女にひどい仕打ちをすることになり、後味が良くありません…。
たくさんの女の子を相手にしてハーレム気分を味わえるゲームも悪くないですが、一人の女の子を対等に愛し続けることの良さがわかるゲームもいいものです。まあ、ゲームのように運命のパートナーが現実でも簡単にみつかるなら、苦労はないんですけれども。
※余談
MAID iN HEAVENにはアダルトグッズを買い物できるショップの店員が元米兵?みたいな設定で、主人公を昔の仲間と思い込んで共産主義者をくさす場面が出てくるのですが(意味がわからない人は調べてみてください)、もちろん全てギャグとして表現されています。こういうのは「今はあり得ない」のが前提だからこそ笑えると思いますが、まさか2016年にもなってコミンテルンなどという言葉を聞くとは。もうこういうギャグを素直に楽しめない世の中になりつつあることに、私は危機感を覚えます。