「架空と現実の区別をつけること」は、オタクに限らず一般的な常識であると思いますが、私達が日々創作物の影響を少なからず受けていることは否定できません。むしろ接する人に対して現実的な影響を何かしら与えることが、創作物の目的のひとつといえます。
表現規制関連では、このことについて頻繁に議論がされていますが、よくある話が性に対する認識への悪影響でしょう。実際に性教育に関して日本は後進国であり、その分をフィクションで個人的に補うのが習慣になっている感があります。(親が適切な指導をできている日本の家庭は少ないと思います。)しかし、前提となる正しい知識がなければ、フィクションのどこが現実と違うのかということ自体、判断できません。そのため、架空と現実を混同してしまう人は、年齢を問わず存在します。
もちろん、性教育については教育機関での改革が望まれますが、日本では現政権がこの問題に対しても戦前回帰するような方針を示しているので、その方向での期待は当分できません。だからこそフィクションを含むエンターテイメントは、性に対して無責任になりすぎてはいけないと考えます。(なぜ性教育が必要かというレベルまでは、さすがに論じませんのでご了承ください。)
しかしこのテーマは大きく、もっと時間をかけて考察しないとまとまった文章が書けそうにありません。そこで今回は、関連することで最近私にとって印象的だったことを書きたいと思います。
私のTwitterの時事問題用アカウント(moo40s)で、「お母さん二人いてもいいかな!?」という漫画(中村キヨ著/KKベストセラーズ刊)について、以前簡単に感想を書いたことがあります。著者の中村さんはレズビアンで、子連れの女性と事実婚をしています。現在は3人の息子さんを一緒に育てており、この作品はその生活を描いたエッセイ漫画です。どちらかというと、同性愛云々というより人間としての真摯な向き合い方が深く描かれており、いろいろな立場の人が感じ入る内容ではないかと思います。
その中村さんが作中、思いがけず息子さんに性教育の話をする流れになってしまい、うまいこと言うなーと感心しました。以下その箇所の台詞を引用します。
(以前カブト虫の交尾を目撃したことを指して)
「あれを人間も赤ちゃん欲しい時とかにするんだよ。将来はトナくんも」
「俺あんな虫みたいなことできるかなァ…」
「できるけど女の子がしていいって言うまで絶対しちゃダメだよ」
「なんで??」
「トナくんの唐揚げおばちゃんが食べたいからって勝手に食べたらトナくんどう?」
「やだ…」
「だよね。『いいよ』って言ってもらえるまではすごく欲しくてもとっちゃダメ!
女の子が唐揚げなんじゃないよ、人の物を許可なく奪うなって話。唐揚げでさえダメなんだから人の心や体はもう絶対ダメ!!!
トナくん 一生覚えててねコレは」
(本文120pより)
唐揚げという例えが面白いですが、私はこれを読んでふと思い出したことがあります。
それは、エンターブレインのトゥルーラブストーリー(以下TLS)シリーズで、多分ファンには有名な話だと思うのですが、シリーズ2作目のTLS2において、ヒロインの女の子(森下茜)に昼食のおかずの唐揚げをかすめとられるというイベントがあったことです。このイベントは時を経て、4作目のTLSS(Summer days, and yet...)で主人公がヒロイン(神谷菜由)の唐揚げを盗るというイベントでリベンジがされています。シリーズ2作目と4作目の間は何年も空いているにも関わらず、スタッフとプレイヤーは唐揚げを覚えていたわけですね。私もこれを見た時は大変ウケました。(ちなみにアマガミでも、森嶋はるか先輩に唐揚げをもらうという出会いイベントがあります。このシリーズの唐揚げへのこだわりを感じます。)
正に中村さんの漫画で描かれているように、唐揚げですら「自分の物を取られる」という行為に対して私達はこれだけ執着するのですから、「自分の心と体を他人に勝手にされる」ということがどれだけ大ごとか、想像に難くないと思います。(あくまで例えですので、唐揚げが嫌いという人は自分の大好物に置き換えてみてください。)そう考えると、性犯罪を大したことないなどとは、私にはとても言えません。
とかく性暴力においてはなにかと被害者が責められがちだし、特に被害者が女性の場合、女性は唐揚げを盗られても黙ってるべき、むしろ喜んで差し出すべきというような、カツアゲする不良のごとき認識は、未だに社会の中に根強くあります。唐揚げで例えると、それがどれだけ異常で傲慢な価値観か、明白に感じられませんか。
ゲームならではの、かつ無責任になりすぎない性教育のヒントはこういうところにあるのではないかと、私はおぼろげに考えています。(ここで私が言う性教育は、生殖のしくみや病気予防を学ぶことだけではなく、性に対する考え方や行動倫理なども含みます。)無論、「唐揚げ奪い取ってOK!」な作品も、架空の娯楽として存在していいと私は思いますし、それを楽しむ自由も保障されなければなりません。しかしそれだけではなく、クリエイターは創作物が与える影響をきちんと自覚し、責任を持つべき時が来ているのではないでしょうか。
とはいえ、どのように、というところは、私もまだ見当がつきません。このテーマは今後も続けて考えていきたく思います。